【BL】風鈴が鳴る頃に[短編]

「結構楽しかった。あんたといるの」


切れ長の目が優しく細められる。俺の先を歩くお前に、俺はなんと言葉をかけようか。
待ってくれ、ーー頭の中が真っ白で何も思い浮かばないんだ。



「ほら、まさか1人で帰れないとか言うなよ」


そうやって、意地悪そうに笑う顔も覚えといてやる。


「……馬鹿。帰れるにきまってる」


そう言ったまま立ちすくむ。
多分もうお前には会えないと、直感的に分かる。ほら、なんか言えよ俺。


しばらくその場で動かない俺に、君はまた、得意の女口調でこんなことを言う。


「ママがきっと心配するぜ。あの子、ちゃんと家に帰ってこれるかしらって」

「ばーか……。んなこと言わねーよ」



君が発するくだらない台詞も、全て拾って掬い上げるように、俺の脳みそは刻み込こもうと必死になる。



「ほらいけっ」

「お前は」

「ちゃんと帰る」


そうか、そうだよな。
お前にも帰る場所がある。当たり前か。



「気をつけて帰れよっ。ロン毛だから女と間違われんじゃね?

……俺も、楽しかったっ」



ーー普通に笑えた。
じゃあな、くるっと向きを変え歩き出す。俺はこの日を忘れない。……忘れられるはずがない。