「おーいっ」


 そんな声が聞こえたような気がして、私は窓辺に近寄った。

 不意にその姿を探せば、私が呼ばれたわけではない事を知る。

 子どもたちがパタパタと駆け回っていた。そして看護師に「危ないでしょ」と注意を受けている。


 ―――何だ、聞き間違いか。


 宙を見上げて、何となくあの日から数週間。

 あの日以来、彼は姿を現さなくなった。

 そして私は不本意ながらもお礼が言いたくて彼を待ち続けていた。

 何のお礼かと訊かれると困ってしまうが、敢えて言うならベッドへ運んでくれた礼だ。

 その礼が言いたくて……それと、もう一度ちゃんと会いたくて。

 私は彼をずっと待っている。

 いつも誰かの見舞いに来ていたようだから、その誰かが退院してしまってもう来る必要がなくなったのだろうか?

 結局、私は『ついで』だった。

 ………そんな事、分かっていたはずじゃないか。

 何で私はこんなにもショックを受けているんだろう。


「いつも宙ばかり見てたのに、最近はずっと地上を見てるのね」

「待ってるんだ。あいつが来るのを」

「え? あ……あぁ、彼ね。そう、待ってるの。でもダメよ、待ってるだけなんて。こっちから会いにいってやる!ってくらいじゃなきゃ。だから早く元気にならなきゃね!」

「会いに行く、か」


 そんな事考えた事もなかった。私がこの檻から出る事など。

 出ようと思った事もなかった。出られないと思っていたから。


「だからちゃんと治療受けてね。彼もきっとそれを望んで……ううん、貴女が元気になるのを待ってるはずだから」

「なぁ、私は元気になれるのか? 正直に答えてくれ」

「……先生の仰る事が全てよ。私には簡単に言えない。でもね、一つだけ言える事がある」

「何だ?」

「私も彼も、貴女が元気になる事を祈ってる。願ってる。―――信じてる」


 私が気を許す看護師の一人である彼女は穏やかに笑った。

 まるで、彼がそう言ってくれたかのように聞こえ、少し気が楽になる。