「……………」


 気づけば、泣き声は止んでいた。規則的に肩が上下する。

 泣き疲れて眠ってしまったようだった。

 もう外は茜色に染まりつつある。

 真昼の月が、夜の月に変わる。


「やっと泣いてくれた」


 俺はそれだけでもう満足だった。

 ずっと見てきたから。泣けそうで泣けない彼女を。

 俺は力を振り絞って彼女を抱き上げる。が、意外にも彼女はその長身からは想像できないほどに軽かった。

 病魔に蝕まれた彼女の身体はやはり、ボロボロだった。

 そっとベッドに寝かせ、横で少し寝顔を見つめてから病室を後にした。


「ちょっと! またそんな……いい加減にしなさい!」

「おねーさん、眉間に皺寄せるとくせになるよ?」

「早く部屋に戻って着替えなさい! そんな状態で部屋抜け出すなん……ぁ、」

「いいよ、自分の事くらい自分で分かる。それより、あの子には何も言わないでね」


 やっと傷が癒えそうなんだ。

 彼女にはまだ未来(さき)がある。俺には分かる。

 だから。


「俺の事は何も。あの子の中に残るのは、俺の顔と言葉だけでいい」

「………」

「引っ越したとでも言っておいて。俺が……」


 この世から消えてしまった、その時は。

 そう、君は何も知らなくていい。


* * * E n d * * *


書きながら、「何で私が」って泣いた小学生の日を思い出しました。

幼かった私は、「知らなくていい」と言われ続けた。

そうして裏で泣いてたヒトの事を知らないでいた。

それが私の、不可抗力の最初の罪な気がします。

writing by 09/11/30