視線を持った「気配」は、やがて「私」の間近に寄り始めた。あいも変わらず、その姿は見えないものの、明らかに「気配」はわたしの耳元にまで近寄りつつあった。とは言え、それで何かされると言うのでもなく、その「気配」はじっと「私」を見守っている。守っているのかどうかは定かではないのだが。
 「気配」は、毎夜のごとく「私」の傍らで息を潜めて、一定の距離を保ちつつ「私」を見ていた。
 「私」は、といえば、あいも変わらず日々の惰性に気をすり減らし、愛しの君は既に心離れ、ご近所だというのに音信不通。もう、どうでも良くなっていた。逆にそのことが「気配」への恐怖心を払拭していたに違いない。

 そんなある夜、である。「私」は再び怪異に襲われた。しかも、これまでに経験したことのない部類のものであった。

 その夜、「私」は何時ものとおり長い惰眠に似た睡眠を取った。そして夢を見た。
 「私」は暗闇の中で目を開けた。いつもどおりの部屋の暗闇であった。だが、何かがおかしかった。「私」は部屋中見回してみた。何がおかしいのだろう。それに気付くにはさほど時間はかからなかった。おかしいのは、「私」の視点だった。見ている方向と、首や頭の動く感覚が一致しないのだった。一致しない、と言うよりは、首も頭も動いていなかったのだ。
 よもや、と思い半身を起こせば、どうだろう。まるで体の重さが感じられない。体の、筋肉の動いた感覚は全く無く、しかし、視界は起き上がってみるそれなのだ。
 そして「私」は決定的な光景を目にした。「私」は、ベッドに横たわる「私」を見た。
 「私」の肉体はその瞬間、死んでいたのだ。