だけど、それは一瞬で。私は少し目を細めて男を睨み付けた。
「見たんですか」
「ああ。綺麗な字だったし、いい夢だと思った」
やっぱり、見られた。
私は無意識のうちに拳を握り締めていた。………だめだ、帰ろう。
この男に関わりたくなかった。自称幽霊の明らかに人外な存在、平凡な私とは程遠い存在。
訳の分からないものと関わったらろくな目に遭わない気がする。そうやって、今まで地味に平凡に、だけどそれなりに楽しんで生きてきた。
進路希望調査表に書かれた、そんな私とは正反対の不相応な夢をこの男は見た。
「なあ、歌ってみてよ」
「………無理です。初対面の人の前で歌うなんて」
「でも歌手ってそういう仕事だろ?」
私の夢はそう、歌手になること。
歌うことが大好きな私のたった一つの夢
………だった。
「心の歌聞いてみたいな」
「………歌いません。私、帰りますから」
そう言って踵を返した瞬間、手にふわりと暖かい風が吹いた。
「待って」
呼び止められるのは今日は二回目だ。私は足を止めて手を見ると、男の透けた手が私の手を通り抜けるように重なっていた。
手を掴むような形の男の手から、男に視線を移すと少しだけ悲しそうな瞳が一瞬だけど、見えた。

