「よっ……と、」
ふわり
羽根のようにゆっくりと降りた男は、そのまま私の前まで歩いてくる。ヤバい、あいつは人間じゃない、逃げなきゃ、逃げなきゃ、なのに、身体が動かない。
足音を全く立てずに私の前まで来ると、青ざめた私に向かって一枚の紙を差し出してきて、思わずギュッと目を瞑った。
………ん?
ちょっと待って……紙?
恐る恐る目を開けると、男が差し出しているのはやっぱり紙だった。それも、無くしたと思っていた進路希望調査表で、私は身体が動かなかったのが嘘のように素早く、男の手から進路希望調査表を奪い取った。
クシャリと握りつぶしたそれを鞄の中に突っ込むと、男は形のいい眉を少しだけ歪めた。
「それ、学校提出するんじゃないのか?」
「もう提出したので大丈夫です」
「そうか、なら良かった」
男は表情を変えずにそう言った。
西日が私達を照らす。男の身体を通り抜けて私に届いた光は地面に少し伸びた影を作り出す。
さっきまで固まっていた私の気持ちは、進路希望調査表を取り戻してからやけに落ち着いていた。だからこそ、男の目を真っ直ぐ見上げて聞くことができた。
「本当に……本当に、幽霊なの?」
「へえ……信じる気になったんだ」
「こんな人間いるわけないから、信じるしかないと思って」
「相変わらず強がりだな、心」
男が私の名前を呼んだ瞬間、頭を鈍器で殴られたようにグラリと視界が大きく揺らいだ。

