「…初心。」

ウブ―――。初めてそうやって名前を呼ばれた。





夕日に照らされた教室。

グラウンドでは部活生の声。わいわいと騒ぐ声が耳から入ってすり抜けた。




今は。呟いたように。

普段の私だったら聞き逃してしまうくらいの蚊の鳴くような声で彼は私の名前を呼んだ。心臓が飛び跳ねた。





「えっと…歩…くん。あの」


歩くんていうのは今私の目の前にいる男の子。

笑顔が可愛くて優しくて。そんな彼がずっとずっと大好きだった。




でも歩くんには彼女がいた。

とっても素敵で可愛くて。お似合いだと思った。ただただ一心に。





もし歩くんの彼女が最低で最悪な人だったら、こんな私でも奪おうって思ったかもしれない。




だけどそんなこと少しだって思えないほど彼女はいい子だった。裏表なんてない素直な子だった。



だから必死であきらめようと思った。だけどそれは無理だったから…だから。心の中に気持ちを押さえつけていた。それは今も。