モラトリアムを抱きしめて

「ええ」

息を整え運転手に返事を返し、腰を少し浮かせて座り直した。

「顔色が悪く見えたもんだから。 どこかで休みます?」

「いえ、早く着きたいので」

外からの微かな明かりで照らされた運転手の顔は、少し不安そうだったが、タクシーは止まる事なく道路を走っていった。

ふぅーと小さく細く息を吐いたけれど、あの人の声は消えるどころか、さらに記憶の扉を開けていく。


私の母親は一言で言えば、どうしようもない女だった。

私が物心つく頃には父親の存在はすでになく、まともな職に就いていなかった母と、どうやって暮らしていたかは未だによくわからない。

確かなのは母が美人で、『男』に不自由していなかったということ。


母が女だったということ。