するとその人は、俺の方をチラッと見ると、今度は公園を出ていこうとした。
人間の心理として、他人の目を気にしてしまうせいか、その人もまた、入ってきた俺に対して少し遠慮したのかもしれない。
俺とすれ違うような形で、こちらに向かって歩いてくるその人。
うつむき加減で、片方の手を白い薄手のカーディガンのポケットに入れながら、もう片方の手の指で、肩にかかるくらいのきれいな黒髪を耳にかける。
ほっそりとしたジーンズの脚は、ゆっくりとお散歩をしている時の女性独特の、内股に軽くクロスするような足取りだ。
…だんだん近付くにつれて、俺は、あることに気が付いてきた。
そしてすれ違い様、目だけを動かしてその人の顔をチラッと見た時、俺は確信した。
…尋常じゃない美人だった。
背丈は俺と同じくらいで、もしかしたら、歳も同じくらいかもしれない。
目は合わなかったけれど、その唇は軽く会釈するように、少しだけ口角が上がっていた。
俺は思わず、ドキリとした。
…その人が公園を出て、姿が見えなくなるまで見届けてから、俺は藤棚の下の特等席に向かい、ゆっくりと腰を下ろした。
そして仰向けに寝転び、上空で揺れている藤の花を見つめてつぶやいた。
「お前ら、さっきの人に負けてんぞ…。あの人、すっげぇキレイだった…」
そうして俺はまた、何事もなかったように目をつぶり、いつもと変わらぬ日常の中に、沈むように吸い込まれていった…。
