…そんな僕が、これまで何度も学校を転々としてきたのは、この寿々喜流の名取である僕「寿々喜風花」が、日本全国いろんなところで催される舞台に参加させてもらっていたからなんだ…。
けれど、一家全員で引っ越しを繰り返していたわけではない。
時には僕一人だけ、家元に言われるままに、拠点となる場所にある知人のお家でお世話になったりもしていた。
先日までいた九州にしても、そうだった。
家元や、師範である母さんは、あちらこちらをしょっちゅう行き来しながら、忙しなく活動している。
…それというのも、この寿々喜流は、まだ小さな流派でありながら、古典舞踊界ではとても評判が高く、名の知れた存在であるからだった。
