「とりあえずでいいから、まともな進路先書けよ」

その夢に向けて。と、
新しい調査票を渡すと、この辺りから通えそうな範囲の大学名を3つ、学部まで書いてすぐに埋めた。

……本当はちゃんと考えていたんじゃないか?


「出来ました!」

「よし、じゃあ帰っていいぞ」

さっさと受け取ろうとすると、差し出した手をすかさず掴まれた。
俺の右手はちゃんとプリントを持っていて、捕らえられたのは左手だ。


「……何だ?」

問いかけると、彼はニコリと笑って口を開いた。
そのまま左手を口元に引き寄せる。

グッと引かれたと思うと、薬指が彼の口の中へ入った。


「いっ……!」

付け根より少し手前に軽い痛みが走る。
それからすぐに解放された指には、ぐるりと噛み痕がついていた。

左手の薬指という事は、アレか。


「予約って事で、とりあえず」

へにゃっとした笑みを浮かべながら彼は言う。


「……怒りました?」

当たり前だろ。
黙ったままの俺の顔を、不安そうに伺い見る。


「誰かに見られたらなんて言えばいいんだ、ふざけるな!」

そう返すと、また笑って

「ごめんなさい。だからこれを」

言いながらまた俺の手を取り、取り出した絆創膏を巻き付けた。
薄く赤くなった痕よりも、より存在感を増した気がする。

ここまで彼の予定調和っぽくもあり、何だかイラつく。


「さっさと出ろ」

急かすと、彼は鞄を持って立ち上がる。

それじゃあ、と軽く挙げられた手。左手だ。


俺は衝動に任せ、その手をとった。


「……?先生?」

不思議そうな彼の、薬指。
そこに彼にされたように――いや、それより強めに噛みついた。


しかし俺とは違い、痛みに眉を顰める事もない。
ただ驚きに目を見開いただけだ。


俺も彼も言葉を発さず、少しの沈黙が流れる。