「……あははっ」
神坂レイが、彼女が笑ってくれたから、もうそれだけでいいやって思った。
神坂レイはよく笑った。
笑いながら「君、本当、おもしろいね」と言った。
言ってから、顔を伏せて泣いた。
右手の甲を瞼に押し付けて泣いていた。
必死で涙を止めようとしているのは聞かなくてもわかった。
華奢な肩が震えている。
背中を擦ってあげたらいいだろうかと思って彼女の隣に行ったけど、その肩を傍で見たら無性に抱きしめたくなった。
誰かが泣いているときってどうしていいかわからない。
わからないけど、抱きしめたくなってしまった。
でも誰かを抱きしめたことなんかないし、彼女はとても華奢だから、折れてしまわないかなんて不安になったりして。
だから聞いた。
「…だ、抱き締めても、いいですか」って聞いてみた。
言ってみて、ホント自分ヘタレだなあとか思ったけど。
彼女はうなずいてくれた。
一生懸命涙を拭いながら、何度もうなずいてくれた。
そんな彼女に恐る恐る両手を伸ばして、自分の方へと抱き寄せる。
あったかいなあと思った。
とても大事なものを抱きしめている感じだった。
「……本当は、絵を描くこと、好きなの知ってる」静かにそう告げると、彼女は涙の混じった声で、「……うん、好き」と答えた。
初めて会ったあの日、彼女の部屋から香った匂いはこれだったんだと、今日わかった。
それは絵具の匂いだった。
神坂レイの部屋には、絵具と、キャンバスと、筆がたくさん置いてあった。


