そんな美少女は、形のいい小さな口を開き、言葉を紡ぐ。


「隣人には挨拶をしておくわ。私は神坂レイ。昨晩203号室に越してきた」

「……みさか、って読むのか……」

「……それが、なにか」


まさか読めなかったとか口が裂けても言えないので首を横に振っておく。

彼女は「そう」と言ってから、不意に頭を下げた。


「先ほどは申し訳なかった。越してきたばかりで、少し過敏になっていた」

「……い、いや別に……」


何に対して過敏になっているのか聞きたかったが、知り合ったばかりで教えてくれるとも思えなかったので聞かないでおいた。

その代わり。


「えーっと、あのー、さっき俺の背中に突き刺してたのって、ナイフか何かなんです……?」

「逆に聞かせてもらうけれど、ナイフをあれだけ突き刺されたとして、君は今こうして私と会話ができていると思うの?」


とうてい思えなかった。


「あれはナイフじゃない」


言いながら、彼女が取り出して見せたのは、たしかにナイフじゃなかった。

ナイフじゃなくて、筆だった。

絵を描くときに使う、あの筆だ。


「……ふ、筆っすか?」

「そう。持ち手の先端を使ったの」

「……そ、そうだったのか……」

「ごめんなさい、少し脅しすぎた」


少しどころか全力で死亡フラグ立ってると思った。