その夜、結果的に、弥一は来なかった。
八重はいつ来るか、いつ来るかと弥一からの文を抱き、いつもの帳面に挟んだ写真を月明りの寒空の下で眺めては、庭木の下に座り込んでいた。
「八重さん!こんな早朝からどうしたんです。風邪を引いてしまいますよ」
八重の姿が見当たらないので、探しに来ていた利彦は慌てた。
八重は呆然と、明けた空を見ている。
その頬には、流れた涙がいくつもの筋を作っていた。
「部屋へ、戻りましょう」
「利彦様」
利彦が八重を部屋へ促していると、下女が利彦を控え目に呼んだ。
そして下女は利彦へ一通の封書を渡す。
「今朝早くに門に挟まっておりました。八重様宛の文かと……」
「……八重さん」
利彦は、八重と弥一のことを知っていたのだろうか。
下女よりそれを受け取った利彦は、八重にその文を手渡した。
八重の手に握らせると、非常にゆっくりとした動作で八重がその封を切る。
利彦は下女に羽織を持ってこさせ、八重の背中にかけた。
そこにいる人間の吐く息は白い。

