「……八重」
八重は、弥一に話しかけたものの、決壊しそうな涙腺を鎮めることに苦労した。
弥一が、久しく自分と顔を見合わせて、名前を呼んだから。
その事実に、胸が震えた。
「文、読んで下さっていますか?」
「……」
「弥一さんがここへ来るようになって、わたしは毎日渡せるからと文を書いたのに、弥一さんは一向に返事を下さらないんだもの」
それは、君が「駆落ちをしたい」だなんて言い出すからだよ。
弥一は黙り込んで俯いた。
八重の声の震えるのが、解った。
「弥一さん、もう、私のこと嫌いになりましたか?」
「……」
違うよ、違うよ。
嫌いになんてならないよ。
君が好きだよ。これからだってずっとだ。
弥一は八重の腕を引いて、庭木の生い茂る庭園の隅に倒れ込んだ。
弥一はぎゅうと八重を抱き締めて、頭を掻き撫でる。
「弥一さん、」
「八重、好きだよ」
大好きだ、と弥一が繰り返すと、八重の顔に喜々とした色が表れた。
「八重、一緒になろう」

