「八重さん、何を見ているんだい」
夫の利彦の声により、八重ははたと我に返る。何も慌てることはなかった。
スルリと手を伸ばし、八重は庭園にいる弥一を指差す。
「あぁ、庭師かい?年末が近いから数日くるように頼んだのだよ」
「彼は私の、従兄弟にあたります」
「おや、偶然だなぁ」
利彦は八重を束縛したがった。
だから、先にこちらから彼との関係を話しておいた方が得策だ。
自分の妻があかの他人の男に見とれていたとなると、たちまち不機嫌になるに違いない。
「それでは仕事に行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
財閥の御曹司ともなると、仕事は忙しいものである。八重は結婚してから、大抵部屋でひとり過ごした。
それはそれで楽だった。
利彦との接触は避けられるし、何より気を遣わなくても良い。
八重は腰を上げると、筆を取った。
弥一と込み入った話は無理なので、いつものように文を書いた。
これから数日、弥一に文を渡せると思った八重は、久し振りに気分が良かった。

