「分かりました。すみません、ありがとうございます」
 

 
八重は深く頭を下げ、前掛けを取った。
人情味溢れる人の良い重勝は、いつものように細い目を更に細くして、笑った。
そんな重勝を、八重は至極尊敬している。
 

 
「お先に失礼いたします」
 

「ああ、八重ちゃんまた明日な」
 

 
店内にいる常連客は、「八重ちゃん、もう帰るのかよー」と唸りながら、手を振った。それに応えて八重も手を振る。
八重は常連客の中でも人気者だ。
 

八重は唐傘を開いた。
あまり派手ではないそれは、母親のお下がりにもらったものだ。八重はとても気に入っている。
 

水溜まりや砂利の汚れが着物に散らないように、八重は静かに、ゆっくりと帰路に着いた。
 

 
「ただいま。お母ちゃん?早く上がらせてもらったよ。どうしたの?」
 

 
その日の朝、八重が松野屋へ向かおうと草鞋を履いていたところ、母親のミツが早く帰るように言い付けた。
それを問うように、八重は捲し立てた。