明治屋クラムジー

 

食事を終えて、弥一はポツリと八重に送って行く、と言った。
が、八重は素直に頷かない。
 

 
「弥一さんのお家に行きとうございます」
 

「……」
 

 
弥一は何も言わなかった。
とりあえず八重の手を握り、歩き出した。その足取りは、河津の家に向かっていた。
 

 
「弥一さん」
 

 
今日、僕は何度八重に名前を呼ばれたのだろう。
何も言わない僕に、八重はどれほど歯痒い想いをしただろう。
いや、君はきっと優しいから、他人に向かう歯痒い感情なんて持ち合わせていないだろう。
 

義明や香絵は、突然現れた八重に以前と変わらぬ対応をした。
八重はそれが嬉しくて、泣きたくなった。
 

部屋へ着くと、八重はなんだか落ち着かなかった。そわそわと忙しなく膝上にある両の指を絡め、キョロキョロと部屋のあちこちを見た。
 

それから暫くして、八重に背を向けていた弥一が振り返り、八重の腕を引いた。
 

 
「八重、ごめんな」
 

 
その言葉は八重と共に閉じ込められるように、弥一の腕の中へ収まった。