小さな団子屋で働く、小塚八重が生きるのは、幕府が没した後だった。
 

国会開設に向け、世の中の人間達が忙しなく民権運動に参与していた頃、八重は、まだ洋服を着ることもなく団子屋で働いていた。
 

 
「八重ちゃん、八重ちゃん!」
 

「はいっ」
 

 
元気良く返事をしたのは、今年齢十七となった小塚八重である。
庶民はまだ洋服が十分に普及しておらず、八重はまだ着物を着ている。
 

団子屋「松野屋」から八重を呼ぶのは団子屋の主人、松野重勝だ。
重勝は八重を雇っている。
八重は松野屋の看板娘として、それなりに評判が良かった。
 

 
「重さん、どうしました?」
 

「八重ちゃん、お母さんが今日は早めに帰るようにとおっしゃったんだろう?今日は客足も少ないから、早く帰ってやんな」
 

 
重勝がそう言って八重を促したのは、シトシトと雨の降る三月のことだった。