八重は弥一の元へ走っていた。
仕事はきっと終わっているはずだが、家へ帰っているかは定かでない。とにかく会って、安心したかった。
「弥一さん、弥一さん」
戸を叩いて名を呼ぶと、慌てて弥一は出てきた。
「どうしたんだい、そんなに慌てて」
「……何も、ないんですけど」
弥一さんの顔を見に、と付け足すと、八重は黙って俯いた。
妙な態度の八重をおかしいと思いながら、弥一は八重を部屋へ招き入れた。
香絵は買い物に行っているらしい。
「お邪魔します」
八重は小さく言うと、奥の座敷へ案内された。そこには弥一の父の河津義明がいた。
義明は八重を見て微笑んだ。
「やあ、どちらさんかと思えば八重ちゃんじゃないか。久し振りだな、さ、とにかく座りなさい」
「お久し振りです。失礼します」
義明は問屋で働いており、夕刻に家へいることがない。八重と会うのも久しかった。

