鳥肌が立つ程の衝撃がヨシオの中を駈け抜けていった。
一歩でもそのトイレに足を踏み入れていたら、例のブラックホールに飲み込まれてしまうところだったからだ。
まさかドアを開けてすぐ崖になっているなんて思ってもみなかった。ヨシオは慌てて一歩下がり、地面を見て安堵の息を吐いた。
そしてもう一度視線をトイレに移す。確かに、穴は開いていた。
ただ想像していたものとは違い、一つの個室トイレの面積すべてがくりぬかれたようになっていた。
恐る恐る近づいて穴を覗いてみたが、暗くて良く見えない。
「あっ」
ヨシオはある事を閃き、鞄を漁り始めた。そして鞄から引き上げられた手には携帯電話が握られている。
携帯電話のカメラのライト機能を使う事を思いついたのだ。
ヨシオはライト機能使うなんて、いつぶりの事だろう、なんて思いながら暗闇の中をそっと照らした。
「………」
しかし、それでも底は見えない。ヨシオは不気味に思いながら携帯電話を閉じた。
もう、帰ろう。気味が悪い。そうしてヨシオが振り返った時だった。
背後に一人、男が目をひん剥きながら立っていた。
「ヨシオ君」
鬼の形相で、僅かに口の端を上げた井沢だった。
「何してる?」