ヨシオが落ちていった穴を呆然と見つめる井沢の姿には、もはや普段の威厳の欠片さえ残っていなかった。


額にじっとりとした脂汗が滲み、瞳は不安定に揺らいでいて、みるみる内に青ざめていく。


色々な事が頭を過ったのだろう。井沢は足をもたつかせながらも、急いでその場を走り去っていった。


それから少しして、ゆっくりとトイレのドアが開いた。


丁度ヨシオが落ちた穴と向かい合わせのトイレだった。


その男は、持っていた携帯電話をブレザーの胸ポケットにしまうと、穴の前にしゃがみ込んだ。


窓から差し込んだ夕日が、歪んだ男の顔を照らしている。


「余計な事しやがって」


男は呆れたように溜め息をつくと、ゆっくり立ち上がり、トイレから出ていった。


夕日に染まったトイレに再び静寂が戻る。


結局その日、井沢はヨシオの事を一切喋らず逃げるように帰っていった。