何故歩いているのかさえ分からなくなる程に疲弊し、燎は近くの公園のベンチに腰掛けた。
瞬間、強烈な睡魔に襲われ、無意識の中で夢の世界へと墜ちて行った…。


どれくらい寝ていただろうか。

目を開けると、空があった筈の場所に天井がある。
ベンチに座っていた筈なのに、今はベッドの上だ。

(此処は……?)

決して見知らぬ場所ではない。見慣れた場所でもないが。

「気がついたようだな」
聞き慣れた声に、燎は撥ね起きた。
黒いシルクハットに燕尾服。紛れも無い。
「兵藤さん!!」
兵藤将士。[まさじい]の愛称で知られる実業家であり、兵藤財閥総帥でもある。

「びっくりしたぞ。ベンチでグッタリしているお前を見つけた時は。」
「すみません、御心配おかけしまして。」

燎は頭を下げた。

「いやいや、それは気にしなくても構わない。お前の叔父さんから、宜しく頼むと頼まれているしな。」
燎は無言で頷いた。
「それより、その入れ墨は一体何だ?」
「えっ?」
燎は思わず、兵藤の視線の先−手首の上辺り−に目をやった。
「あっ!」
確かに其処には、燃え盛る炎の入れ墨が刻まれていた。
「一体…これは???」
全く憶えが無かった。
「ふむ。どうやらその入れ墨は、今回のお前の事件と無関係ではなさそうだな。」
「はい…」
「話してみろ。全てを。何か力になれるかも知れんしな。」