風が髪を揺らし、渡って行く。懐かしい馨りを乗せて。

仕事に失敗し、クビになった僕は意気消沈し、あてもなく彷徨い歩き、気がつくと丘の上にいた。

小さい頃、よく遊んだ丘。此処に来ると、嫌な事は皆、忘れる事が出来た。

そこで、僕は邂逅した。

フラッシュバック。

(あの人は…)

幼い頃の記憶が甦る僕が中学校二年生まで、この丘で一緒に遊んだ女の子。

忘れかけていた記憶。でも間違いない。
名前も住んでいる場所も知らない。
でも仲良くなった。

檸檬色のワンピース。
赤いリボンの付いた麦藁帽子と長い髪。

最後に会ったあの時と、同じ格好だった。

「あの…」と言いかけて、僕は口を噤んだ。
今更何を話すつもりだ?あっちは僕の事など憶えている訳が無い。
20年も前の事だぞ?

と僕が躊躇っていると、彼女は笑った。

太陽の様に明るい笑顔。
本当にあの時のままだった。

「久しぶり」
そう僕が無意識に言うと、彼女の瞳が潤んだ。そして僕らは、吸い寄せられるように、抱き合った。「やっと会えた…」
彼女が呟くように言った。
「もう会えないかと…」
彼女の声が涙色になっていく。

嗚咽が漏れる。
それから先は言葉が出ないようだった。

暫く抱き合っていた。
軈て、自然に離れた。

「そういえば君の名は?」
「今更自己紹介?」

彼女が涙を拭いながら笑った。思わず釣られて僕も笑う。

「まったく。」
笑いながらそう言うと彼女は、僕の両頬に手を当て、顔を近付け、耳元で囁いた。自分の名を。

「私は……」

風は想い出を乗せ、今日も吹いて行く……。