「ケンジくん、驚いた?」


「あ…、ああ。」


突然のことにあっけにとられて、自分が着ているコートを見下ろすケンジに、裕美はにっこりと笑って言った。



「私が別れを告げてしまった、あの冬の日に戻りたかったんだ。」


その言葉を聞き、ケンジは裕美の思いを理解した。



「思えば、あの日、俺たちは自分の気持ちに、嘘をついたんだ。」


裕美は小さく頷いてぽつりと言った。



「そう。そしてそれは、取り返しのつかない嘘だった。


遠い冬に、二人は出会った。



巡る季節も、二人はずっと一緒にいたかった。


その思いが募ると、一緒にいることの出来ない寂しさ、不安が怖くなった。



だから二人は、人生の分岐点で、物理的な距離を理由に、その苦痛から逃げて恋に終止符を打った。


そうすることで、全てが終わると思っていた。


苦痛から、解放されると思っていた。



しかしそれは、違った。



離れて、会わなくなると、さらに相手が恋しくなった。


さらに、寂しさや不安が、募り続けた。



中途半端なまま終わらせたその思いは、いつまでも中途半端であった。



そのことにお互いが気がついたとき、必死で過ぎ去った時計を巻き戻そうとした。



しかし、浪費してしまった時間は、ついに帰っては来なかった。




どうして、別れたのであろう。


こんなに相手が恋しいのに。




どうして、すぐに戻ろうとしなかったのであろう。


時間は限られているのに。





そんな後悔が、ケンジの心を苦しめた。