そして、広大な芝生が広がる丘を、三分ほど歩いたであろうか。


丘の上には、いくつかのバンガローが立っていた。


そのいくつかには明かりがともり、建物の前の広場でキャンプファイアーをしている家族連れの姿も見える。



「ここはなんなの?」


香澄は予想もしなかった光景に、そう尾上に尋ねた。



「ここは、うちの親父が持っているバンガローさ。花火がよく見えるんだぞ。」


ケンジはその言葉を聞き、初めて全てを納得した。



以前に、尾上は早くに母親をなくしてはいたものの、父親はかなりの資産家だと聞いたことがあった。


おそらく、ケンジが裕美の日記を持って花火を見に行きたいと言ったのを聞いて、尾上が父に頼んで空けてもらったのであろう。



「尾上が二棟用意してくれたんだ。喜んでお世話になろうじゃないか。」


土門の言葉に、ケンジがひゅうっと口笛を吹いた。



その姿を見た裕美と奈央の顔に、満面の笑みがこぼれた。


そんな妹のような二人の喜ぶ様子を見て、香澄も微笑みながら何度も頷いた。



尾上は鍵をズボンのポケットから取り出すと、一つのバンガローに向かった。



その後に一列になって全員が続いたが、ふと土門が足を止めて振り返り、最後尾にいた裕美に声をかけた。


「おかえり、裕美。」


そう言う土門に向かって、裕美はこぼれるような笑顔を浮かべて小さくお辞儀をした。



「ただいま。」


その裕美の言葉を聞いて、土門はすぐに笑顔になって小さく頷くと、裕美の目の前を力強く歩き始めた。



そんな後姿を見て、裕美は思った。




みんなの笑顔には未来があるのに、自分にはない。




笑うことが、あまりにも辛い。