穏やかな表情の裕美は、その手のひらをぐっと握ると、コートのポケットに突っ込み、力を込めて立ち上がった。


そして金網に両手をかけると、じっとグランドの中を見つめた。



裕美のその姿は、まるでここにはいないケンジの練習する姿を、必死に追っているかのように土門には思えた。



「私ね、ケンジくんをいつも見ていたこの場所で、試験がうまくいきますように、て祈ることしかできないの。」


裕美は振り向きもせずに、そう言った。



「受かるといいな。」


「そうなの。受かるといいんだよね。」


少女は自分に言い聞かせるようにそう言うと、土門のほうを振り返った。



「でも、心のどこかで複雑な気持ちもあったりして。」


「どうしてだよ。」


土門は、少しむきになって、そう問いかけた。



その表情を見て、裕美は小さく白い息を吐いて、にっこり笑った。


「うそうそ。」


深刻そうな土門の雰囲気を感じ、裕美は笑いながらそう言った。



「ケンジくんはかっこいい人。いつも夢を持っている素敵な人。私は、あの人をずっと応援していたい。」


そう言うと、裕美はスタンドを駆け上がって、グランドと土門を見下ろした。



そして、裕美は口に両手でメガホンを作って、元気に言った。


「ごめんね、土門君。練習の邪魔しちゃったね。」




裕美は軽く手を振ると、土門に背を向けた。



そして早足で、スタンドの向こうにある坂を下りて行った。




その裕美の後姿が、土門にはどことなく寂しげに見えた。




しかし、土門にはその理由がわからなかった。