「あの店でいい?」


「ええ、ああ。」


二人は横断歩道を渡ると、駅の向かいにあるコーヒーショップに入った。



そして、窓際の空いている席を見つけると、向かい合って席に着いた。



しばらくして緑の制服に白いエプロンをしたウェイトレスが、それぞれのコーヒーを運んでくると、二人を沈黙が支配した。


窓の外の通りを、若いカップルが歩いていくのが見える。


その姿をまぶしそうに追うケンジの目を見て、奈央の胸はひどく痛んだ。



「あ、あのね…、ケンジ君…。」


「うん?」


沈黙に耐え切れないように奈央が切り出した言葉に、ケンジは何気ない返事で返した。



その透き通った表情に、奈央は動揺して言葉に詰まった。


もともと奈央は、話をするのがうまいほうではない。



「本当に、この街は変わらないな。」


「そうだね…。」


そう言って笑うケンジの自然な気配りが、奈央の心を大きく掴み、そして震わせた。



その優しさに、奈央の心は大きく揺れ動いた。



「ね…、ケンジ君。」


ケンジは、モカの入ったカップを口に当てたまま、何も言わずに、顔を奈央のほうに向けた。



「私ね…、私…。」


奈央はそう言うと、その両目からは大粒の涙が溢れ出した。




「ケンジ君、ごめんなさい。黙っていたことがあります。」