屋敷に着いた頃には、あまりの寒さに手は悴み、耳は千切れそうなくらい痛かった。
 見ると、門の鍵は壊され、強引に開けられていた。
 窓ガラスが割られている。
 おそらく、ここから入ったのだろう。
 中は夏に来た時と、何も変わっていない。
 光圀がいるとしたら、おそらくピアノがあるあの部屋だろう。
 階段を上り、部屋の戸を開けた。
 室内は暗くて何も見えない。
 あの日の様に、月が出ているという訳ではないのだ。
 部屋の隅の闇で、微かなロウソクの明かりが点く。
 ロウソクの側には、ピアノに背を預けて座っている影があった。
 顔はよく見えないが、おそらく光圀だろう。
「君が……光圀幸太か?」
 恐る恐る聞いてみた。
 すると、気色の悪い声で笑い出す。
「くっへっへっ……くっきゃっはっは」
「何が可笑しいんだ?」
 怒り交じりに質問をぶつけると、その影は立ち上がり、一歩だけ前へ出た。
 それと同時に顔が露わになる。
 僕は驚愕した。
 その顔は、まるっきり自分と同じなのだ。
 しかし、何本か抜けた歯、青ざめた肌の色、血走った目、まるで自分の衰えた姿を見ている様な、そんな感じがした。
「お前は……」
 彼は口元を吊り上げて、不気味に笑う。
「僕を、光圀幸太を追って、ここまで来たんだろ? 平野隼人。どうしたんだ? そんな顔をして。僕の顔か? ああ、これはねえ、かなり前になるけど、整形手術をしたんだぁ!!」
「どうして、そんな事を?」
 僕の声は恐怖のあまり震えていた。
「君と沙耶子ちゃんを離す為だよ。僕は、ずっと君が気にくわなかった! どうして!? どうして沙耶子ちゃんは、君を選んだんだ!? どうして君は、あれだけの出来事を経て、そんなに沙耶子ちゃんの事を想えるんだ!? どうして!? どうして、そんなに君達は幸せそうなんだ!?」
「……」
 数秒間の沈黙が続き、光圀は口を開く。
「久しぶりだね、平野さん。あの日の朝以来、君は僕には会っていなかったよね。でも、僕はずっと君を見ていたよ」
 彼の言動に、今までにないくらいの恐怖を感じた。
「じゃあ、あの部屋の写真も……」
「そうさ。全部、僕のコレクション。本当に可愛いよ。沙耶子ちゃんは」