しかし、纏う雰囲気が全くと言って良い程、兄とは違っている。
 喋り口調は勿論の事、体付きもそうだ。
 更にこの男には、所々に不審な点が見られる。
 ボロボロになっている数本抜けた歯、黒ずんでいる肌の色、それらの特徴がこの男が本当に兄ではないと、確かに証明していた。
「違うんだよ。僕は君の大事な大事な隼人お兄ちゃんとは違うんだよ。僕の事を覚えていないのか?」
 男は私の髪の毛を掴んで顔を向けさせる。
「いやっ!」
 私の声に、興奮した様に息を荒げて反応する。
「こういう姿も可愛いねぇ」
 怒りが満ちて来る。
 私は男を睨んだ。
 これが私に出来る唯一の抵抗だった。
 そんな事を気にもせず、男は続ける。
「君はあの日もこんな顔をしていたね。あの日、あの学校の屋上で、君が僕に対してあまりにも無愛想だったから」
 男の手に力がこもる。
「どうして? どうして君は、平野隼人を選んだんだ。どうして君ばかりが、そんなに幸せでいられるんだ!? ねえ、どうして!? どうして!?」
 どうして!?
 男は、その言葉を連呼し続けた。
 何を言っているのか、さっぱり分からない。
 そして、左腕を握っていた手を離したと思うと、私の首に手を廻して、力強く締め始めた。
「うっ……ぐっ、く……っは」
 しだいに意識が薄れて行く。
 遠くの方からパトカーのサイレンの音がした。
 男はそれを聞くと、私の首から手を離し、慌てて逃げて行った。
 隣に横たわっている宮村先輩は、もう動く気配すらない。
 立ち上がろうとしても、体が動かない。
 周りの景色が白くなり、やがて見えなくなる。
 降り続く雪を一身に受けながら、私の意識はゆっくりと消えて行った。