気が動転してしまって、何も考えられない。
 男は倒れている宮村先輩を跨いで私に近付く。
 ただ恐怖だけが込み上げて来て、声が出せなかった。
 私は震えながら、少しだけ後ずさる。
 男はまた一歩近付き、私の左腕を掴んだ。
「いやっ……」
 ようやく出て来た声は、こんなにもか細く弱々しい物だった。
 いくらもがいても、この強い力には逆らえない。
「いやっ! やだ……」
 男は容赦なく、私の左腕のリストバンドを外した。
 左腕の痛々しい傷跡が露わになる。
 確認する様にそれを見て言った。
「久しぶりだなあ。宮久保沙耶子ちゃん」
 宮久保? 
私は宮久保なんて言う名字じゃない。
この男は人違いでもしているのだろうか。
「ああ、そうだ。宮久保じゃない。今は平野沙耶子ちゃんって呼んだ方が良いのかもな」
 その名を呼ばれて、恐怖が増幅する。
「見ろ!」
 そう言って、男は私の左腕を彼のすぐ目の前に引っ張った。
 その為、私の体は地面に打ち付けられる。
「痛ッ!」
 聞こえて来る男の呼吸音や声から察するに、楽しんでいる事が分かる。
「ほら、沙耶子ちゃん。君の大事な先輩の意識があるうちに見てもらいなよ。この傷をさぁ!」
 私は必死で弁解する。
「違うんです! この傷は……」
「この傷はなぁんなぁんだぁい?」
「こ、これは……」
 宮村先輩は這いつくばりながらも、片手で男に掴みかかる。
「やめろっ!」
 男はチッと、舌打ちを鳴らして宮村先輩を強く蹴った。
 悲痛な声と共に、彼から声が聞こえなくなる。
「先輩っ!」
 叫ぶ私を余所に、男は見せ付ける様にして、被っていたフードを取った。
「沙耶子ちゃん」
 露わになった顔が不気味な笑みを浮かべる。
 男の顔を見た瞬間、私は驚愕した。
 それは紛れもなく兄の顔だった。
「は、隼人……お兄ちゃん……」
 つい、そう言ってしまった。