すぐに兄の顔が視界に入った。
「大丈夫か? なんか、凄い魘されてたけど」
 冬の朝だというのに、私のパジャマは汗で濡れていた。
 昏睡状態から目覚めて、もう大分経つ。
 兄には、もう心配は掛けたくない。
 だから私は
「何でもないよ。大丈夫」
 そう言って誤魔化した。
 本当は不安で溜まらないのに。


放課後、音楽室の前で、数人の男女が宮村先輩に詰め寄っていた。
「宮村、お前は何を考えているんだ?」
「そうよ。どうしてヴァイオリンなんて……。あなたはクラリネットでしょ」
 先輩は冷静な口調で言葉を返す。
「この音楽室は僕が使っています。吹奏楽部は専用のプレハブがあるでしょ。もう、僕に構わないでください」
 数人の男女は、残念そうにその場を去って行く。
 私はその集団の横を通り、宮村先輩の元へ行った。
 彼がこちらに気付く。
「ああ、平野さん」
「宮村先輩……今のは……」
「……友人さ」
 彼の口調が、少しだけ重い。

 いつもの様に、私達は演奏を始める。
 しかし、少しだけ経って、宮村先輩はヴァイオリンの弓を床に落としてしまった。
 それに動揺するかの様に、その場でヴァイオリンを抱いて蹲ってしまう。
 私は慌てて伴奏を止め、宮村先輩に駆け寄った。
「どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」
「……」
 彼の目からは、頬を伝って涙が流れていた。


「落ち着きましたか?」
 宮村先輩をとりあえず、椅子に座らせて休ませた。
 こんな宮村先輩を見た事はなかった。
 彼の声は震えていて、そして寂しそうだった。
「話してくれませんか?」
「君には……関係ない事だよ」