「そうか。まあ、虐められたりとかしたら、僕に言うんだぞ」
「心配し過ぎだよ。でも」
「?」
「ありがとう」
 その言葉を聞いて、兄は嬉しそうに笑った。

   ♪
 
不思議な夢を見た。
 外からの月光が照らす部屋の中で、私はピアノを弾いているのだ。
 そして、部屋の隅に置かれているベットに座って、一人の少年が私の演奏を聴いている。
 彼の顔は、モザイクの様な何かがぼんやりと掛かっていて、確認する事が出来ない。
 少年は穏やかな声で言う。
「この曲は?」
「昔、私と叔母さんで作った曲なの。曲名はホープ」
「ホープ……希望か。良い曲だな……」
 少年はしんみりと呟き、私の演奏を延々と聞いていた。


 真赤な色で空が染まる放課後、廊下で不思議な音色を聞いた。
 廊下に響くこの音は、ヴァイオリンで曲を奏でていた。
 しかも、どうしてか知らないが、私はこの曲を知っているのだ。
 少しだけアレンジが加えられているけれど、昨日の夢に出て来た曲、ホープだった。
 いったい誰がこの曲を弾いているのだろう。
 もしかしたら、夢の中で私の演奏を聴いていた少年かもしれない。
 私は引き寄せられる様に、その音を追っていた。
 そして、廊下の隅の音楽室に辿り着いた。
 未だに曲は鳴り止まない。
 私は躊躇う事なくその扉を開いた。
 音楽室の中には一人の少年が、燃える様に赤い空へ向かって、ヴァイオリンを弾いていた。
 上履きの色をから察するに、二年生の先輩だろう。
 少年はこちらに気付いていない。
 私は、そのまま彼の音色を聞き入ってしまっていた。
 やがて演奏が終わると、少年がこちらの存在に気付く。
「君は?」
 そう言って、ヴァイオリン立てにヴァイオリンを置く。
 夕日に照らされたヴァイオリンは真赤に彩られ、オレンジ色に輝いていた。