かなり使い込んでいる様で、縫い目は所々が千切れ、全体的に剥げていた。
「これは……」
「ほんの少しの間だったけど、俺が一生懸命になっていた時の宝物だ」
 涙のこびり付いた顔を上げると、目の前には綾人がいた。
「沙耶子、記憶がなかったな……」
「もう駄目かもしれない」
「?」
「僕は……これから沙耶子といられる自信がない」
 綾人は少しだけ苛立った表情を浮かべて、僕に近付き、頬を強く叩いた。
 痛みがジワジワと湧いてくる。
 その反動で、思わずボールを落としてしまった。
 落ちたボールを拾い、綾人は言う。
「昨日のお返しだ。それと、俺をガッカリさせるな。どうして、俺がお前にリストバンドを渡したか分かるか? あれは、俺がお前に期待していたからだ。お前なら沙耶子を救える。そう思っていたから」
「でも……僕は……」
 僕の眼前に、綾人はボールを勢いよく差し出す。
「このボールは、短い間だったが、同じ夢を追い掛けていた奴から貰った物だ。こんな有様だけど、自分なりに大切にしている。あいつは信じていた。俺が夢を諦めても、いつか対等な場所で遭える事を。人に大切な物を託すというのは、そう言う事だ。俺がお前に、リストバンドを託したのも同じ事」
綾人は、僕に大切な沙耶子との思い出、リストバンドを託した。
それが彼にとって、これ程の意味を成していたという事に、ようやく気付いた。
 もし綾人が望む様に、僕といる事で彼女の記憶が戻り、僕達が元に戻れるのなら……。
「……そうだな。沙耶子の側に一番いなきゃならないのは、僕なんだよな」
 頬にこびり付いた涙を拭い、断言した。
「僕が側で沙耶子を守る。どんな事があっても。絶対に、沙耶子に辛い思いはさせない」