烏丸はこんな態度を取っているが、心の底から悲しんでいる。
 それは表情を見ただけで明白だった。
 沙耶子が目を覚ましたら、思いっ切り抱き締めてあげよう。
 そして、思いっ切り叱ろう。
 そう思っている僕を余所に、言おうかどうか迷っていたのだろう。
 少しだけ彼の声が低くなる。
「落ち着いて……聞いて欲しいんだ」
「?」
「沙耶子は、もう目を覚まさない」
 その言葉に、不安が募る。
「え? それって……」
「俺も詳しい事は分からないが、医者の話では、奇跡でも起きない限り、目を覚ます事はないそうだ」
 衝撃の事実に、僕は愕然と肩を落とした。
 しだいに溢れて来る涙を、僕は手でこすりながら一生懸命に堪えた。
「そんな……」
 息が詰まり、うまく言葉が出せない。
 烏丸は僕に左腕を見せた。
 左腕にはリストバンドが着いている。
 これは沙耶子と同じ物だ。
「あの日から、肌身離さず持っていた。それも今日で終わりだ」
 腕からリストバンドを外して、僕に差し出す。
「今の沙耶子には、君が必要だ。本当に沙耶子の事を思う気持ちがあるのなら、受け取ってくれ」
「……ありがとう」
 僕は迷う事なく、リストバンドを受け取った。
「俺はしばらく、ここに通う事にするよ。また、そのうち会おう」
 そう言い残して、烏丸は病室から去って行った。
 僕と沙耶子しかいない病室は、静寂に包まれていた。
 ヒューと吹いてくる風が、僕の頬を撫でる。
 涼しいと思ったら、窓が全開に開かれていた。
 床には数枚の枯葉が落ちている。
 風に吹かれて、どこからか飛ばされて来たのだろう。
 もし、沙耶子が落ちて来たあの場所に、枯葉が溜まっていなかったら、沙耶子は死んでいただろう。
 枯葉は彼女の命を救ったのだ。
 それでも、沙耶子は目覚めない。
 これが結果だ。
 全開に開かれている窓を閉め、ベットの横に置いてある椅子に座る。
 布団から覗いている彼女の左手首には、幾つもの傷がある。