男は父さんが残した借金を、肩代わりしてくれた。
 その代償に、私は汚されてしまった。
 それでも、普通の生活を送る為には仕方のない事だ。
 結果的には、普通になった筈だった。


 数日後、母は睡眠薬を大量に飲み、自殺した。
 冷たくなった母の隣には、遺書が置かれている。
『娘を差し出した自分が情けない。あの夜の事を深くお詫びします。本当にごめんなさい』
 遺書は、私への謝罪の手紙だった。
 少しだけ嬉しかった。
 母さんの中には、私を気遣う心があった事を知ったから。
 それでも、毎日のように続く暴力から解放された事を、私は一番の喜びとして感じてしまっていた。
その時、初めて気付いた。
 私は最低だと。
 生きる価値もない人間だと。
 汚れた女なのだと。
 もはや普通の日常など、見る影もなく消えていたのだ。

   ♪

 日記はここまでで終わっていた。
こんな事があったなんて、全く知らなかった。
沙耶子は、僕なんかより何倍もの苦労を重ねていたのだ。
それなのに僕は……。
烏丸は俯いている僕に、平然と質問を投げ掛ける。
「しょうがないさ。沙耶子は何も言っていなかったんだろ?」
「ああ。でも」
「?」
「僕が気付いてあげるべきだった。そうすれば、こんな事にはならなかったのかもしれない」
「……そうかもな。沙耶子が俺にこの日記帳を渡したのは、先週の事だったんだ。こんな事を頼めるのは、俺しかいない。そんな事を言っていた。沙耶子に言われた通り、俺は君にこれを渡した。沙耶子なりに、何かを考えていたんだと思うぞ」
 彼の口からポンポンと出る言葉に、僕は不信感を抱いた。
「どうして、そんなに落ち着いていられるんだ? あんたも、ここにいるって事は、沙耶子と親しい仲だったんだろ?」
 僕の言葉に、少しだけ表情が暗くなる。
「そうだとしても……だからこそ、俺は沙耶子の最後の願いを聞いてやったんだ」