「だって、今日まで、本当の母さんに会った事がなかったんだよ!」
 母さんは私から目を反らした。
「ごめんね。家の事情で仕方がなかったのよ。本当にごめんね」
「もし、母さんがいてくれたら、毎日が楽しかったのに……」
「いつか、私と住める日が来るわよ。希望を捨てなければね」
「……隼人君も言ってた」
「あら、気偶ね。あの子とは、とってもウマが合いそうだわ」
 きっと、母さんは私の側にいなかった事に関しての話題を、反らそうとしている。
「ねえ……」
「何?」
「このまま、ずっと一緒にいてくれるよね?」
 私は母さんの服の袖を掴んでいた。
 もう、どこにも行かないで欲しい。
 そう願って……。
「ごめんね」
 母さんは私の手を、優しく袖から放す。
「?」
「もう、行かなくちゃ……」
「どうして? まだ、いいでしょ?」
「ごめんね」
 母さんは笑いながらも、涙を流している。
「ごめんね」
 そう連呼して、私の前から消えていった。


「母さん‼」
 気付いた時、私の側に母さんはいなかった。
 音楽室の中には、私と隼人君だけがいる。
 なんだか、目蓋が重い。
 さっきのは、夢だったのだろうか……。
 まさか、現実の筈がない。
 母さんが、こんな所に来れる訳がないのだから。
 きっと夢だ。
「でも、夢でも、会えて良かった……母さん」

 隼人君は未だに、穏やかそうに眠っている。
「あんな気持ちよさそうな隼人君、起こせないな……。私も寝ちゃおう」
 教卓の上に座り、彼の肩に寄り添って、ゆっくりと目を瞑った。