俺が呼ぶと、彼はこちらを振り向く。
「おう、ようやく来たか」
「どうして、ここにいるんだよ? 野球はどうした?」
「休養だよ。まあ、お前を屋敷に送ったら戻るけどな。とりあえず、乗れよ」
 俺は親父の隣の助手席に座った。
 外車ならではの激しいエンジン音が掛かり、海沿いの道路を走る。
「なあ、親父。どうして、ここにいるんだ? 家に案内する為だけに、ここに休養を貰って来たんじゃないんだろ?」
「まあな。久しぶりに、お前に会いたかったんだ。雫にも最後に会っておきたかったからな」
 雫。
 きっと、もう長くはないのだろう。
「あいつ、元気にしてたか?」
「ああ、元気だったよ。後先が短い事を知っていても、あいつは頑張っていた。綾人、お前に会う為にだ。他にも理由はあるがな」
 他の理由。
 そんな事は気にならなかった。
 ただ、俺の事を考えてくれていた。
 それだけで充分に嬉しかったのだ。


 車で着いた場所。
 そこは大きな敷地を占める館だった。
 海沿いにある為、とても日当たりが良い。
 親父は門の前で車を停めた。
 車から出ると、気持ちの良い潮風が頬を撫でた。
「ここが、雫が療養中の……」
「ああ、そうだ。ここは少し街から外れているが、少し歩けばコンビニやスーパーもある。買い物をする時は、そこへ行け。まあ、家政婦がいるから必要はないと思うが」
「分かったよ」
「じゃあ、俺は東京の方へ戻るから。後は頼むな」
 そう言うと、親父は車で海沿いを走って行った。
「ここに……雫が……」
 門を開け庭に入った。
 女優の母親とプロ野球選手の父親。
 その実力は、こんな屋敷一つを簡単に手に入れてしまう物なのだ。
 石で固められた道は、真っ直ぐに玄関に続いていた。
 玄関で、インターホンを押す。
 少しの間が空き、立て開きの大きなドアが開いた。
 そこにいたのは、年的に四十程の女性がいる。