だから俺は、彼に沙耶子とお揃いのリストバンドを託した。
 俺は、彼に沙耶子を託したのだ。

  ♪

 学校で、退学届を提出した。
 沙耶子の入院費の為に、幾つかバイトをしなくてはならないからだ。
 沙耶子には身内がいない。
 だから、俺がやるしかないのだ。
 平野も、学校を辞めてバイトをしたいと言っていたが、俺が止めた。
 こんな苦労をするのは、俺だけで充分だから。

 学校側は、俺を止めなかった。
 しかし、部活側はそうもいかないようだ。
 特に蓮は……。
「どういう事だよ!?」
 蓮は俺に詰め寄る。
「沙耶子の為だ。仕方ないんだ」
「お前、どうかしてるぜ!」
「……すまない」
「どうして謝ったりするんだよ!? お前らしくねぇよ!」
 蓮は今にも泣き出しそうだ。
 当然か。
 中学から、今までずっと一緒に野球をしてきたんだから。
 泣き出しそうな蓮の横に、先輩が一人分け入って来た。
 鈴木先輩だ。
「烏丸綾人……。俺はお前が学校と部活を辞める事を、止めはしない。でも、勝ち逃げは許さない」
「勝ち逃げ?」
 訊き返す俺に、鈴木先輩は苦笑する。
「覚えていないのも仕方がないか。一昨年の夏。俺が中学三年生の時の夏だ。バッティング練習で、お前は俺のボールを打った」
「あ!」
 確かに、かつてそんな事があった。
 投球を討たれた時の鈴木先輩の表情はよく覚えている。
 楽しそうに笑っていたのだ。
「勝負だ。烏丸」

 投球三本勝負。
 俺はホームベースでバットを構えた。
 周りでは、野球部の全員が俺と鈴木先輩の勝負を見物している。
 キャッチャーには、蓮が着いてくれた。