涙が溢れて来る。
 涙で、世界が歪んで見える。
 いや、涙で歪んでいるんじゃない。
 世界その物が歪んでいるのだ。

 病室の中には、俺と沙耶子が二人だけ。
 どうして、こんな事になった。
 どうして、沙耶子はこんな事をしたんだ。
 母親が死んで、沙耶子を苦しめる者は誰もいない筈なのに。
「……日記……」
 そうだ、沙耶子の日記を見れば、何かが分かるかもしれない。
 あの日以来、俺は日記を手放した事はなかった。
 バックから日記を取り出し、最初のページを捲った。

 書かれていたのは、沙耶子の過去。
 中学時代、沙耶子がこの街に転校して来る前の出来事も書かれている。
 両親の死。
 両親の代わりに、沙耶子の保護者役を務めた祖母の失踪。
 そして、この街に引っ越して来てからの出来事。
 俺、蓮、美咲との楽しかった日々。
 その裏にあった、義理の母親からの家庭内暴力。
 学校での虐め。
 高校に入学してからは、殆どが平野隼人という少年に関する事が書かれている。
 よっぽど、この少年が好きだったのだろう。

 もしかしたら、平野隼人はこの病室に来るのではないだろうか。
 沙耶子の想い人。
 沙耶子の希望。
 なら、俺が気付きあげた沙耶子との日々。
 それを彼に託そう。

 予想通り、平野隼人はこの病室に来た。
 どこか守ってやりたくなる様な、幼さの残る少年だった。
 どうやら、彼はこの一件について何も知らなかった様だ。
 だから、俺はこの日記帳を渡した。
「沙耶子に頼まれたんだ。君に、これを渡して欲しいと」
 そんな嘘をついた。
 彼を、沙耶子から離さない為に。

 日記を読んだ後、彼は涙を浮かべていた。
 沙耶子の為に本当に悲しんでいる。
 そう思えた。