「全部、私が悪いんだから」

 沙耶子の左手首にある傷の原因。
 やはり前に聞いた噂通りだった。
 今の母親への、自分だけが生き残ってしまった罪悪感。
 それが沙耶子の腕に自ら傷を作らせていたのだ。

「最近……母さんからの暴力が毎日の様に続いている。でも、それはしょうがない事だと思ってる。だって全部、私が悪いんだから」
「そんな事……」
 俺が喋り出した瞬間、沙耶子は大声で叫ぶ。
「全部、私が悪いの!」
 彼女はブレザーを脱ぎ、ブラウスの前ボタンを外した。
 白くて細い体。
 そこには幾つもの痣や傷痕が浮かび上がっていた。
「これ……」
「母さんに付けられた傷」
 体に浮かび上がる線状になっている痣を、沙耶子は鎖骨から胸の下に掛けてなぞる。
「これは、縄で縛られた痕」
「……」
「これは瓶で殴られた痕」
「……」
「これは母さんが連れて来た男の人に、襲われた痕」
 震える声で俺は言う。
「やめろ」
 俺の言葉を無視して、彼女は続ける。
「痛くて、辛くて、苦しくて」
「やめろ!」
「それでも、しょうがない事なの」
 苦悩の言葉を連呼する沙耶子の体を、俺は優しく抱いた。
「無理する事はないんだ! 俺の家で、一緒に暮さないか? そうすれば、辛い思いをする事もない」
「……」
 沙耶子は無言で俺を引き離す。
「?」
「ありがとう」
 沙耶子は笑っていた。
 しかし、とても苦しそうに見えた。

 互いの関係がギクシャクしたまま、俺達は中学を卒業した。
 これから入学する高校に想いを馳せる時期に、俺達は悲しくて辛い経験をした。