曲自体は聞いた事がなかったが、何度でも聞きたくなる様な、そんな音色だった。
「この曲は?」
「昔、私と叔母さんで作った曲なの。曲名はホープ」
 ホープ、日本語訳は希望。
 曲名を考えるに当たって、彼女の叔母は沙耶子の未来に希望を託したのだろう。
 根拠はないが、そんな気がした。
「ホープ……希望か。良い曲だな……」
音色を奏でながら、沙耶子は言った。
「いつか……会えると良いな。本当の母さんに……」
「会えるよ。希望を捨てなければ」
その音色を聞きながら、僕は沙耶子と共に夜を過ごした。
これからの僕達に希望がある事を願って。


「じゃあね、隼人君」
「ああ、またな」
 駅で沙耶子と別れた後、自分のいる世界が変わった様な気さえした。
 上手くは言えないけれど、前と違って、どこか透き通っている。
 そんな感じがしたのだ。


 夏休みも終わり、秋が近付いていた。
 涼しい風やカラカラに枯れた葉が、その事を証明している。
 そして、秋になってから変わった事が一つだけあった。
「ごめんね」
 沙耶子は申し訳なさそうに、僕に謝罪する。
「どう言う事だよ!? 別れようなんて……」
「ごめんね」
 そう言い残して、僕の前から去って行った。
 別れを告げるに至った訳すらも、一切見当が付かなかった。


 それからというもの、僕は毎日校舎裏へ来た。
 結局、前の自分に戻ってしまったのだ。
 何も変わってなどいなかった。
 でも、一つだけ感じている事がある。
 ポッカリと穴が開いた様な感覚。
 それは喪失感。
 そして、この時、僕は見た。
 屋上から落下する彼女の姿を……。