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 宮久保沙耶子は、世間で名を轟かせる程の富豪の家に生まれた。
 しかし、それは宮久保にとっては、とても不幸で可哀想な事だった。
 宮久保は父親と、その不倫相手によってできた子供なのだ。
 別荘であるこの屋敷に、宮久保は父方の親戚の叔母と住む事になる。
 しかし、その生活は中学一年生に進級したある日、終わりを迎える。
 不倫相手は疾走し、その後、父親は事業に失敗して自殺。
 その為、会社は倒産し、叔母は私を一人残して失踪した。
 残ったのは、宮久保とその母親、それと多額の借金だった。
 そして、宮久保はこの屋敷を離れ、あの街で母親と住む事になったのだ。

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「ここが、私の部屋」
 かつて、宮久保が住んでいた部屋は閑散としていて、中央にあるピアノとベットと机、他に家具の様な物は、一切置かれていなかった。
 それを見て、宮久保は安心した様に胸を撫で下ろす。
「良かった。ピアノだけは残っていたんだ」
「?」
「殆どの家具は、差し押さえられちゃったんだ。でも、良かった。本当に良かった」
 宮久保は全身の力が抜けた様に、その場に倒れ込む。
 僕は慌てて、彼女の体を支えた。
「大丈夫か?」
「うん、ごめんね」
 彼女の声が、しだいに震えだす。
「ずっと、怖かった。このピアノがなかったら、どうしようって……ずっと怖かった」
「ピアノ?」
「うん。叔母さんは、引っ込み思案な私にピアノを教えてくれたの。毎日、家事の合間を縫って……」
「優しい、叔母さんだったんだな」
 そう言って、僕は頭を撫でてやる。
「?」
宮久保は少しだけ頬を赤くした。
「こうしてると、ホッとするって、教えてくれたろ?」
「うん、ありがとう」