「小沢君、清川さんが外に出たから、中に連れ戻してくれる?」
「ああ、はい」

俺は食堂のテラスから、庭へと続くスロープを通って中庭に出る。

俺が担当しているグループの婆さんの1人が、監視の目をかいくぐり毎日の様に中庭に逃走する。

今年85歳で、半分ボケているのに、よくもまあ器用に車椅子を操るものだ。


中庭に出ると、すぐに見付かった。いつも同じ場所。中庭に生えている、被爆桜の前。

「清川さん、勝手に出歩いちゃダメでしょ。中に入りますよ」

返事は無い。
聞こえているのかどうかも分からない。そもそも、既に受け答えも曖昧で、何を言っているのかよく分からないから、どちらでも構わないが。

「まだ生きてます」
「はいはい」

意味が分からない。
俺は車椅子の後ろに回り込み、室内へと向かった。