僕は逃げ出した。
 自転車も忘れて、全力で走った。

 理屈ではない。
 本能が、その場を離れる様にと、脳を飛び越えて身体を突き動かすのだ。

 土砂降りの中を帰宅すると、納屋の1階にある作業場の灯りが煌々と点いていた。
 祖父の影が、ガラス越しに見える。腕を伸ばし、何かを見詰めている。


 次の瞬間、僕は無意識のうちに作業場の扉を開いていた。

 祖父はズブ濡れになって息を切らしている僕を見て、昔の様に優しい笑みを浮かべた。

「雨宝童子だ」


 あ―――――
 間違いない。
 右手に宝杖、左手に宝珠を持つ着物姿の童女。


「雨宝童子は、天照大神が地上に降り立った時の姿だ。
時々下界に降りては、人々導き、万物の調和を保ってきた」

 独り言の様に祖父は話し続ける。

「以前は絵にも画かれていたし、像も彫られていた。
それが、時の流れと共に画かれなくなり、彫られなくなり、忘れられた・・・」