その時――

彼女がスッと顔を上げ、見えないはずの僕の方を向いた。


「見えてるよ」


一瞬、何が起きたのか分からなかった。


「本当は、ずっと見えてたの」


懐かしい声。
何度も聴いた声。
あの時と変わらない、僕だけに向けられる優しい響き。

応えたい。
でも動かない唇。


「消えちゃうんだ」

「満足しちゃうと、消えちゃうんだ。だから、ずっと見えないふりをしてたの」

「ずっと一緒にいたかったから」


紡がれる言葉は僕を中心に円を描き、クルクル回って夜空に消える。


「でもね…でも、もう前に進んで欲しいから」

「精一杯生きて、また会うその時には、夜が明けるまで話して聞かせてね」