ありふれた恋を。


1度マンションを出て、近くのベンチに座って電話をかける。



『もしもし。』


伊吹くんの声に、一瞬胸が詰まる。



「こんな時間にごめんね。」

『ううん、どうした?なんかあった?』

「うん。話したいことがあって。本当は直接話すべきだと思うんだけど、どうしても今すぐ話さなきゃって思って。」


電話の向こうで少しの間が起きる。

何かを悟ったみたいな、とても静かな間。



『じゃあ直接会ったときに聞かせてよ。』

「ごめん…でも、」

『分かってるよ、ごめん。』


暗い部屋のドアを開いたときに思った。

私はやっぱり弘人さんが好きだと。

離れたくないし、傍に居たい。

この部屋でこれからもずっと弘人さんの帰りを待っていたいと。



「私、やっぱり先生のことが好きなの。」

『うん。』

「だから、どうしても離れられない。」


そう言いながら、もしかしたら2人とも失うことになるかもしれない可能性に手が震える。

それでも伊吹くんという可能性を残しておくことは絶対にしてはいけない。