『ごめん。』
まだバーを利用するには早い時間帯。
数える程度しか居ない他の客からは、倦怠期のカップルのようにでも見えているのだろうか。
『信じてもらえないかもしれないけど、私本当に酷いことしたって思ってる。仕事が全然上手く行かなくて、あのときの弘人の気持ちがちょっと分かった。』
細いグラスを両手で包み込むように持つ仕草も、少し震えがちな声も、俯いて影を落とす長い睫毛も。
まるで全てが計算し尽くされたようで、そうか俺はずっとこれに騙されていたのかと思う。
「悪い、帰るわ。」
ほとんど飲んでいないウーロン茶の横にお金を置いて立ち上がり店を出る。
なぜ来てしまったのか。
電話越しに突き放せなかった自分に苛立って仕方ない。
『待って!』
後ろから追いかけてくる声に、今度はもう揺さぶられない。
『待ってよ弘人。』
ヒールを鳴らして走ってきた瑠未が俺の腕を掴み、その手を振り払おうとする俺にキスをした。