忘れようとしなくても良い。

それは一体どういうことか。



『人って、意識的に忘れようと思って忘れられるものじゃないでしょう?自分では見て見ぬ振りをしてるつもりでも、本当は心の奥底にいつも居るんです。』


何も言えなかった。

俺はもう、忘れたと思っていたのに。



『だって、私にとって先生がそうだったから。』


有佐は俺との距離を一歩縮めると、そっと俺を見上げる。



『先生のこと忘れようって何度も思いました。考えないようにしようって…。
でもダメでした。いくら忘れたフリをしてても、好きな人のことはずっと好きなままだった。』


そう言い終わるが先か、俺の胸に身体を預けるが先か。

気付けば俺の腕の中には、遠慮がちにシャツを掴む有佐が居た。


腕を回せばすぐに抱き締められる距離に居るのに、俺の腕は動かない。


それは、俺の中にまだ彼女が居るということなのか…?


そんなはずはない。

そんなはずはないのに。