僕は走っていた。

息が苦しくて喉の奥から血の味がする。


大粒の汗が瞳の中に侵入してきて眼球に染みる。















彼女は、もういない。いないんだ。























脳の奥底から彼女の微笑みが水膨れのように浮き上がってきた。


彼女が笑う。それだけで胸が温かくなった。





彼女が笑う。




笑うと半月型になる目、薄い茶色の混じった黒い髪が風に揺られて流れる。

全てが愛しかった。彼女の全てが好きだった。






真っ白な陶器のような肌が僕の肌に触れる。

しっとりとした感触が神経細胞を揺さぶる。










『ねぇ、大地。前世って信じてる?』




鼓膜に響く心地良い声色が真っ赤な唇から零れ落ちる。




『きっとね、私たち前世でも会ってたのよ。』



僕の指を取って強く握る。
細い腕からは想像も出来ないような強い力。




『だから、だからね、大地。生まれ変わってもまた私を探してね。』




















彼女の微笑みはいつもと同じだった。






































気が付くと僕の足は止まっていた。



汗なのか涙なのか分からない物が顎を伝って地面に跡を残していく。






太陽は赤と黄色の色を放ちながら地平線の向こうへ消えて行こうとしている。









彼女は、消えてしまった。






その事実が、喉をきりきりとさせる痛みと同じく僕の胸を痛めた。















町中真っ白なこの世界が唯一色を持つ時間に、僕の世界から色が全て抜け落ちた。








『絶対に、私を探して。ずっと待ってるから。』





太陽と一緒に彼女の呟きが消えた。